公益社団法人 日本技術士会北海道本部

第71回工業技術研究会
日時 平成10年4月9日(木)午後2時〜5時
場所 札幌市厚別区厚別中央1条5丁目4番1号
   北海道開発コンサルタント(株) 会議室

出席者数  名
情報交換
講演 ”肝臓癌はなおせるか”
     北海道大学医療技術短期大学部
        教授 医学博士 中島保明 氏

<要旨>
昭和58年以降、癌郁目本人の死因の第1位を占めるようになり、その割合は全死亡の約3割近くに達している。このうち肝臓癌は癌死亡全体の約12%で、男性では肺癌、胃癌に次いで3番目に多く、肺癌、大腸癌とともに増加の一途をたどっている。
最近、細胞の癌化は遺伝子の異常によるものであることが明らかになってきているが、この点に関しては肝臓癌も例外ではない。肝臓癌は発生してくるもともとの細胞の違いから、肝細胞癌、胆管細胞癌、肝芽腫などに分けられる。それぞれ癌としての性格が異なるが、大部分、すなわち約96%が肝細胞癌であるため、以下「肝臓癌」の代表としての肝細胞癌について述べる。「喫煙と肺癌」といった因果関係の比較的明らかな場合を除き、多くの癌では発生の誘因、risk factor が必ずしも明確でないことが多い。ところが肝臓癌の場合には「慢性肝炎なくして肝臓癌の発生なし。」と言われるように、慢性肝炎の存在が肝臓癌の発生に大きくかかわっている。なかでも肝炎の多くはウイルスによって引き起こされるため、「ウイルス感染が肝臓癌発生の trigger である。」といわれる。長期間にわたって、しかも持続的に肝炎ウイルスを体内に有する人のことをキャリアーと呼び、肝臓癌発生のhigh risk group(高危険群)である。このような人に対しては肝臓癌の早期発見のために定期的な血液検査、超音波・CT検査などが必要である。
肝臓癌と診断された場合には外科手術、皮膚から針を直接肝臓に刺して癌部に工タノールを注入するPEI療法、血管にカテーテルを挿入して癌部の栄養動脈を詰めてしまうTAE療法などが行われる。これらの治療成績について、目本肝癌研究会が2年に一度全国的な追跡調査を行っている。1996年5月の報告では、1988年から93年までの6年間の肝切除全症例9,326例の3年生存率(以下、3生率)は65.0%、5生率は46.3%であるのに対し、PEI全症例952例の3生率51.5%、4生率37.1%で、5生率は記載されていない。 一方、同時期のTAE単独治療の成績は示されていないが、PEIとの併用療法1,180例の結果では、3生率53.6%、5生率28.6%と報告されている。同一条件下の成績ではないため、単純に比較することはできないが、一般的には手術治療の方が他の治療に優っていると考えられる。
従来から、癌の治療後5年以上経過して再発がない場合に「癌はなおった。」といわれてきた。しかし肝臓癌では治療後5年あるいはそれ以上たってから、再発が見られることが稀ではなく、このような場合には「再発」というよりは「再度の発癌」と呼ぶほうが正しいことがわかっている。なぜなら、いわゆるhigh risk groupでは、最初の治療が奏功して5年間無再発であっても、BあるいはC型肝炎ウイルスによる炎症が肝臓の他の部位でも持続しているため、再度の発癌の可能性が極めて高いのである。
したがって、残念ながら現時点では、「肝臓癌はなおせるか?」という問いに対する答えは自ら明らかである。現在の癌治療のほとんどは癌ができてから初めて開始されるものである。今後の肝臓癌治療について言えば、体内から完全に肝炎ウイルスを駆逐したり、持続的な炎症を止めるなどの対策が必須である。すなわち「発癌させない治療」=「予防」こそが最終的な「癌征圧」のゴールであり、それに向かっての努力が今後の課題である。