公益社団法人 日本技術士会北海道本部

第68回工業技術研究会
日時 平成9年10月9日(木)午後2時〜5時
場所 札幌市厚別区厚別中央1条5丁目4番1号
   北海道開発コンサルタント(株) 会議室

出席者数 10名
情報交換
講演 ”環境にやさしく命を守る高分子材料 セルロース”
     北海道大学大学院工学研究科 生物資源化学
        教授 工学博士 高井光男 氏

<要旨>
 世界の大都市がゴミの処分場がなくなり、ゴミで窒息する予感におびえている。特に、一旦使い捨てられれば半永久的に腐らず、焼却すれば大量の炭酸ガスを出す廃プラスチックが厄介者となっている。このようなプラスチック廃棄物の間題を解決するには、分解性プラスチックの開発が必要である。理想的な分解性プラスチックは言うまでもなく、使用している間は優れた性能を持続的に発揮し、廃棄後は白然界の微生物や太陽光によって速やかに分解され白然に還るプラスチックである。これに適合するものに天然素材のバクテリアが作るセルロースがある。天然醸造酢の生産菌である酢酸菌の仲間で、炭素源として糖類または有機酸を与え窒素源のアミノ酸混合液を含む液体培地で培養してやると菌体外にゲル状セルロースをつくる菌がいる。このことは古くから知られており、ゲル状物質をフィリピンでは“ナタ”と称して低カロリー食品として販売され、日本でも数年前より“ナタ・デ・ココ”と称して市販されている。このセルロースはヘミセルロースやリグニンなど不純物を含まずセルロースのみからなる。ゲル状セルロースをガラス板上で乾燥すると厚さ方向に大きく収縮し羊皮紙状のシートが得られる。このシートは非常に硬く、最高50ギガパスカルというヤング率(物質の剛直性を表す値)を示す。この値は新聞紙の数十倍、ポリエチレンやアラミド紙の数倍に相当し、金属アルミ箔に匹敵する。最近この特徴を生かして、スピーカーの振動板に利用されている。このセルロースのもう一つの特徴は生分解性に優れていることである。バイオインダストリー協会の「生分解性プラスチック研究会」ではこの微生物セルロースを分解性評価の標準試料として採用している。フィールドテスト(土中埋め込み試験)の結果によると、いずれも2〜3ヶ月で完全に生分解されてしまう。
 更に、命を守る高分子材料としてのセルロースは人工臓器の中で最も普及している人工臓器の中で見られる。この装置の出現により、多くの腎不全に苦しむ人々の生命を救うことが可能となった。週2〜3回、一回4〜6時間の透析でわが国だけでも12万人の患者を救命しており、20年以上の患者も珍しくない状態である。人工腎臓の中核は、生体内の老廃物を透過する高分子膜である。古くは半透膜として知られるセロハン膜が用いられていた。膜の形状は平膜が使われていたが、現在では銅アンモニア再生セルロース膜の中空糸が主流である。中空糸は真ん中が空洞のストロー状で直径数百ミクロンの糸であり、真ん中の空洞部に血液を流し、外側に透析液を流して物質交換を行う。実際にはこの中空糸を束ねて人工腎臓が構成される。最近では、中空糸膜の孔径を精密に制御することも可能となり、透過させたい物質の分子量に応じて様々な膜が用意されている。また、エイズウイルスやC型肝炎ウイルスを分離除去できる膜も開発されている。エイズとの闘いはウイルスが人に感染するのを防止する防衛策が必要である。安全な血液を輸血するためウイルス除去用再生セルロース中空糸多孔膜(旭化成、BMM)が開発されている。
 この様にセルロースは物理的性質と生分解性に優れた、地球環境にやさしい高分子材料として、また、我々の命を守る高分子材料として注目を集めている。