公益社団法人 日本技術士会北海道本部


第67回工業技術研究会
日時 平成9年8月7日(木)午後2時〜5時
場所 札幌市厚別区厚 別中央1条5丁目4番1号
   北海道開発コンサルタント(株) 会議室

出席者数 17名
情報交換
講演 ”地盤の変形挙動予測と土質試験技術”
     北海道大学大学院工学研究科
        教授 工学博士 三田地利之 氏

<要旨>
1.はじめに
最近のコンピュータの急速な進歩・普及とともに、ひと昔前までは現場技術者が立ち入れる世界ではないと思われていた地盤変形挙動の有限要素解析をパーソナルコンピュータ上でも行うことが可能となってきており、地盤条件と土質定数さえ与えられれば、現場で手軽に計算可能な状況がまもなく到来することは間違いない。
地盤工学においては伝統的に地盤の変形と安定の間題を別個に扱ってきた。そして、変形間題の多くを一次元圧密の間題に置き換えてきた。しかし、地盤の破壊条件を支配する土の強度は、せん断力が加わって変形が進む過程で発揮し得る最大せん断抵抗のことであるから、土の変形過程の最終状態ということになる。一次元圧密は、言わば側方の変形が拘束された状態での排水せん断過程での土の変形挙動の間題である。実際の現場の間題では、一次元圧密の条件が満足されるケースはむしろまれであり、側方の変形が大なり小なり生じることになる。したがって、本来圧密とせん断の間題を分離して考えるのは便法に過ぎず、両者は一体の間題である。
1960年代からスタートしたRoscoeらの研究を契機にして土の構成式に関する研究が盛んになり、ようやく変形と破壊の間題を一連のものとして扱うようになってきた。そして、土の構成モデルに関する研究の発展とコンピュータを駆使した解析技術の進展とともに、これらに見合う形での計算に必要な土質定数が要求されるようになって来た。
近年、計測・制御に用いられるセンサー類や計測機器の精度の著しい向上によって、地盤工学に新しい試験・計測技術が応用されるようになって来たが、ここでは地盤の変形挙動の予測との関わりで土質試験に関する最近の技術の動向を述べる。
2.設計基準類における土質試験の位置づけ
構造物の設計者と地盤技術者との間の意志の疎通は十分か? 設計基準の中に地盤材科の性質を適切に把握するための規定がなされていると言えるであろうか?
一例として地盤の強度定数が建設工学上の設計基準・指針類の中でどのように扱われているか考えてみよう。
多くの場合、次のように親定されている。
(1)事前調査で砂質土と判断された地層については、その層からの採取試料について粒度、土粒子の密度および含水比を求める試験を行わなければならない。
(2)事前調査で粘性土と判断された地層については、粒度、土粒子の密度、含水比、液性・塑性限界、湿潤密度および一軸圧縮強度を求める試験を行わなければならない。
(3)大規模かつ重要な構造物などで詳細な検討を要する場合には、正確な強度定数の把握のために乱さない試料による三軸圧縮試験を実施するのがよい。
(4)緩い砂質土からなり、地震時に液状化する可能性が大きく、構造物に重大な被害が予測される地盤の場合、土の繰返し非排水三軸試験を行うのがよい。(3)、(4)項はごく最近まで規定がなく、今後の構造物基礎の設計に規定されようとしているものである。したがって、よほど重要な構造物の場合は別として通常の設計では以下の方法で設計用強度定数が決められる。
砂質土の易合:N値からφを推定
粘性土の湯合:一軸圧縮試験からCuを推定
すなわち“何は無くともN値とqu”である。
一方、地盤工学の教科書には、「対象土質と現場の排水条件にあわせて強度定数を選択」するように書かれている。上記の基準内容と対比してみると、教育内容と実務の間に大きなギャップのあることが分かるが、十分ではないにしても、最近制定された土質試験基準の内容が構造物基礎の設計基準の中に盛り込まれようとしていることをもって満足せざるを得ないのが現状であろう。
ひるがえって、地震などによる災害後の状況を考えてみよう。原因究明と復旧対策のための調査・試験がきわめて“手際よく”しかも通常よりかなり“念入りに”行われる。しかしそのデータが将采の災害防止または発生災害への対応を目的とした事前対策のために、有効に活用されるシステムが存在するかどうかはなはだ疑問である。“非常事態”という大義名分の下ではスムーズに行われるが、長期にわたる地道な積み重ねの必要な事項は、予算配分の段階で軽視されがちである。“非常時の状況を常態に”近づけることが理想である。
3.地盤の変形挙動解析における土質試験の役割
コンピューターの急速な進歩・普及とともに、ひと昔前までは現場技術者が立ち入れる世界ではないと思われていた地盤の変形挙動解析が、比較的容易にできるようになってきた。例えば、弾塑性モデルに基づき、しかも水の流れと連成させて解くような復雑な問題でも、地盤条件と土質定数さえ与えられれば、現場で手軽に計算可能な状況がまもなく到釆することは間違いない。
解析技術のこのような進歩に適応した形で土質定数の堤供がなされる状況にあるだろうか? 答は残念ながらNOである。
そもそも、地盤工学においては伝統的に地盤の変形と安定の問題を別個に扱ってきた。そして、変形問題の多くを一次元圧密の問題に置き換えてきた。したがって、これに対応した形で土質調査・試験方法が規定されており、土の構成モデルに関する研究の発展とコンピューターを駆使した解析枝術の進展に見合う形で、計算に必要な土質定数が用意される状況にない。まして構造物の設計にかかわる現行の基準にはその規定がないために、パラメーターを得るための試験内容が発注者側の意識にない限り、適切な試験データが得られない状況にある。
このような場合でも、諸々の手段を駆使してパラメーターを得ようと思えばできないことはないが、便法を用意することは、本来必要な土質試験を行わなくとも所要のパラメーターが得られるとの誤解につながり、これが一人歩きしてしまう恐れがある。それでなくとも従来の地盤技術者は、本来必要な定数がなくても、例えばN値があれば曲りなりにも設計可能な状況を作ることに尽力してきた。このことが実はあだになり、地盤工学の本質を理解しない人々によって無批判にかつ機械的に用いられるばかりでなく、本来必要な試験をしないで済ますという意味で自らの存在意識をうすめて釆たのではないか? 技術の安売りをやめて本来必要な手順は何かを訴え続けるのが地盤技術者としてのあるべき姿であり、自らの地位向上につながるのではあるまいか?
4.土質試験方法の省力化・迅速化の動向
ハイテク技術が日進月歩のこの時代にありながら、土質試験の分野への導入が遅々として進まないと感じているのは、筆者のみではあるまい。その原因はどこにあるのであろうか。
1)土は実際にこねてみないとその性質が肌で理解できないとする意識が邪魔をしていないか?
確かに実際に土に触れることは大事であるが、ひと昔前と違って調査・試験から設計・施工の段階まで一人の技術者が関係することはほとんどなく、分業化の進んだ現在ではむしろ地盤情報が正確に各段階の技術者に伝達されることが重要である。
2)JISの試験規格は簡単には変えられないとの考えが残っていないか?
例えば現在も依然として1950年制定のJISに従っている液性・塑性限界試験の方法に代わるものとして、フォールコーン試験による液性・塑性両限界の測定法が提案されたのは今から20年も前のことであるが、「土質試験法」には紹介されながら、ついに今日まで規格に昇格することなく経過している。
はじめて学ぶ学生にとっての塑性限界試験は、地盤工学に対するイメージダウン以外の何ものでもないらしい。「何も道具がなくてもできるのがこの試験の最も大きなメリットである」などと力説してもイメージ先行の時代に育った大半の若者にはおよそ分かってもらえない。教育に携わる者のこのような声と、この分野の研究者の地昧ながら継続的な研究が実を結び、ようやくこの試験法の基準化作業が開始(1994)された。
このほか、フィルダムの施工現場などでは、早くから電子レンジによる含水比試験が施工管理に実用されている。現行JISの簡便法の位置づけで学会基準が決められた(1994)ことは、時間の制約のある場合等に選択の幅ができたという意味で歓迎すべきことである。また、土質試験の中でも最も時間を要する圧密試験に、定ひずみ圧密試験という選択肢ができた(1993)ことは、試験業務の簡素化にはずみをつけることになろう。
力学的性質の試験は、規格化・基準化が遅れた関係もあり、最近基準化された試験は自動計測が前提になっているが、物理試験関係は早くから規格が存在することもあって、粒度試験のように長時間を要するものがありながら、試験の迅速化・省力化が遅れている。粉体工学など他分野ではすでに各種の装置が考案され試験の自動化がはかられている。本年度新設された「物理試験の自動化に関する検討委員会」による各種自動化装置の適用性の検討に期待したい。
5.おわりに
建設工学の実務における土質試験の役割について考えるとともに、土質試験方法の基準化の動向について述べてきた。これを要約すると以下のようである。
1)土質調査・試験に関する学会基準の整備の進展は、十分とは言えないまでも、建設関係の実務における設計基準に反映される。
2)しかし、現行の各種構造物基礎に関する設計指針類における土質定数に関する規定が土質調査・試験方法の発展と対応していない結果、新しい方法によるデータの蓄積がなされず、調査・試験技術の進歩の阻害要因にもなっている。
3)プロジェクトの計画段階から十分な調査・試験の結果に基づいた技術提案の機会が与えられず、常に受け身の立場におかれていることにより、土質調査・試験に携わる技術者の地位が他分野の技術者よりも低い状態におかれる。
4)最新の試験技術に支えられた土質試験データの集積こそが既成概念を変え、現状を打破する最も有力な武器と考えられるので、新しい試験・計測技術を導入して試験手順の簡素化・省力化をはかり、試験基準を確立して構造物基礎の設計基準・指針類に採用されるような働きかけが必要である。
地盤工学会における基準化作業の現状は物理試験・力学試験にややかたより、化学的性質の試験に関する基準が少ない。地盤環境の保全の面からも、この分野の技術の開発、試験方法の基準化にも力を注ぐ必要がある。
新しい試験技術の開発、それに基づく試験基準の新規制定、既存の規格・基準の見直し作業等は今後とも精力的に続けられるであろうが、整備された規格・基準による土質試験の機会が増え、試験の結果が有効に使われるためには、受け身の立場におかれている現状を打破し、主導的立場に立てる状況を創り出す努力が必要である。そうでなければ地盤技術者の地位向上はおぼつかないし、ひいては土質調査・試験に携わる後継者の育成もかなわず、最も重要なデータであるはずの地盤情報の品質の低下は避けられない。このためには、各種設計基準・指針類における土質試験の位置づけを現状より数段向上させるように、あらゆる分野で機会あるごとに働きかける必要があろう。安全性を第一主義としながらも、経済性と迅速性を追求してきた社会基盤整備事業の内容が、環境との調和を求めつつ安全性・快適性と質的向上を求める方向に移行する時にあたり、環境に対する意識の高まっている状況下でもあり、構造物の設計体系が限界状態設計法に移行しつつあり、かつまた、耐震設計基準の見直し機運の高まっているこの時期こそ好機である。