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第30回工業技術研究会
日時 平成3年6月5日(水)午後2時〜5時
場所 札幌市中央区北4条西5丁目アスティ45ビル
北海道開発コンサルタント(株) A会議室
出席者数 13名
情報交換
講演 ”積み木と分子設計”
北海道大学理学部化学科
教授 理学博士 市川和彦 氏
<要旨>
原子1個を積み木1個と対応させることにする。積み木にいろいろの大きさがあり、重ね合わせやすい方向があるのと同様に原子の種類によって大きさも異なるし、結合する角度も多種多様である。種々の形・寸法の分子ができあがる。特に自然界に存在する分子は進化し、形も含めてエネルギー的に安定なものが生き残っている。分子は、原子1個にはない性質、個性を示す。水の中、アルコールの中、油の中に各々溶けた状態では、自由自在に形を変えること(事前構成化)もできる。炭素・水素・酸素の各原子からできている有機分子が液体中で無目的に形を変えているのではない。金属イオンを迎え収めるべき孔(あな)をつくるのである。あたかも生命を持つ分子といったところである。エネルギー的に安定化させる環境である脱溶媒和雰囲気(相補性)に金属イオンをおしこむわけである。なお、金属イオンは水、アルコール(親水性液体)には溶けるが、油(疎水性液体)には溶けない。類は友を呼ぶという諺があるが、似たもの同士、疎水性同士は溶解し、親水性同士もまた溶けるということである。しかしながら有機分子の孔におしこめられた金属イオンは油・分子性溶媒にも溶けるようになる。有機分子に収まっている金属イオンは有機分子からできている細胞膜を通過することができる。抗生物質バリノマイシンがカリウムイオンを選択的に膜中を通過させることができる。また大海の中に存在する微量のウラニウムイオンを捕まえることができるホスト有機分子を創ることもできる。いろいろの働きを示す分子を設計・合成できる。
かくして、ホストの有機分子が金属イオンをゲストとして迎えるというわけである。このような働き(機能)を持つ分子を設計・合成し、ゲストを迎えたり、送ったりする動的現象を扱う分野を“ホスト・ゲストケミストリー”と名づけている。もし日本で創られた研究分野としたら“ホステス・ゲストケミストリー”といわれていたかもしれない。
分子の世界はまことに小さい物質である。しかしながら分子は有効な仕事をするので、分子1個が機能を示す物質つまり材料ともいえる。余りにも小さな物質のため、理解不可能な不思議なことがおこっていると思うかもしれない。赤レンガを1個1個組立て壁を作る。構造材料を1個1個組立て橋梁、高層建築を完成させる。これ等建築の仕事は原子1個1個から分子を設計・合成する仕事と、見かけ上確かに相異なるものである。しかしながら、両者の間には類似点が多くあるように思えてならない。分子の形は、建造物の安定と美しさに何かを示唆してくれるかもしれない。
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